竜飛海底駅を訪問するついでに、函館に渡り津軽要塞(旧函館要塞)跡を探索してきました。
函館山とは、13の山からなる陸続きの島(陸繋島[りくけいとう])です。 最も大きい御殿山は標高が334mあり、この山から街を一望できる夜景は世界三大夜景として有名です。 御殿山にある展望台へは、ロープウェイやバスで直接たどり着くことができます。
さて、この函館山。歴史を辿ると別の顔が見えてきます。
大日本帝国陸軍によって、1896年(明治29年)函館港や津軽海峡の防衛目的として、函館山に要塞を建てる計画が進み、1902年(明治35年)には函館要塞が完成しました。 こうして作られた津軽要塞ですが、施設がほとんど未使用のまま終戦を迎えました。 その後、連合軍によって施設の破壊が試まれましたが、館山の軍事遺跡同様、破壊に手間がかかりすぎたためか、今も当時の面影を残しています。 かつては要塞地帯法により1899年(明治32年)から入山禁止のとなっていましたが、1946年(昭和21年)に47年ぶりに一般公開されました。
今回は、昼頃に函館山旧登山道コースを登り、つつじ山駐車場を経て、千畳敷コース・エゾダテ山コースで千畳敷戦闘司令所に行き、夜景を見てからロープウェイで帰るというプランにしました。 時間にしておよそ5時間ほどです。
ロープウェイの山麓駅を他所に、函館山登山道路を進むと、旧登山道コース入り口が見え始めます。
入り口から少し進むと、何やら円柱状のコンクリート建造物が…… これは旧要塞貯水槽です。
貯水槽を上から撮影。
登山道を登っていきます。 全体的に、主な道は整備されており、軽装で登ることができます。
入り口から進むこと15分、薬師山と頂上への分岐点に到達しました。 まずは薬師山の砲台に向かいます。
薬師山の戦跡への道は、登山道から除外されているためか、狭く草も多めでした。 基本的に木が生えており、景色はよく見えませんが、途中で函館市街地が展望できる場所がありました。 写真左中央端に見えるのは、ロープウェイの線です。
さらに進むと、大きな広場が見えてきました。 こちらは薬師山砲台付近です。 左には貯水槽、右側には監守衛舎が存在したそうです。
横須賀・猿島で見たような、石造りの頑丈な壁が備えられていました。
棲息掩蔽部 砲具庫跡です。 ここに弾薬を
通路を通ると、砲台跡に続きます。
第1砲座跡 かつて15cm臼砲が2門存在していました。
第2砲座跡。
さらに奥に進むと、塹壕連絡路が伸びています、少し進むと東側に折り返すような道が見えます。
車道から遠く、見る人が少ないためか整備されず、破損が激しいです。
しばらくすると見張壕に到着しました。
この辺りは道がループしており、そのまま進むと砲具庫跡に戻ります。
つつじ山駐車場を抜けると、御殿山第二砲跡が見えてきました。 28mm榴弾砲が6門設置されていて、すべての砲台跡が残っています。
北側の砲台跡です。2門1セットになっており、これが3つ連なっています。 見学用に地上設備が整備されています。
砲台下の砲側庫は、崩落の危険があるため、立ち入りが禁止されていました。
中央の砲台跡です。御殿山第二砲跡に存在した砲台は、すべて津軽海峡方面に向けて設置されていました。
南側の砲台跡です。
千畳敷コースに戻るために、階段を登ります。 付近には、かつて要塞で利用された道がそのまま残っています。
この道は、左翼観測所につながる道だったようです。
千畳敷コースはごく普通のハイキングコースで、函館の街がよく見えるようになっています。 しばらく歩くと、広い草原広場にたどり着きました。
獣道を進みます。
海側方面。
函館街方面。
戦闘司令所跡。
司令所を下ります。
降りたところを、すぐ西側に行こうとすると、外に出る通路がありました。 本来の入り口はこちらです。左にある部屋は電話室らしいです。
上から撮影。
電話室につながる連絡用の菅。
道を戻り、展望台に到着しました。NHKの電波塔があります。
函館山ロープウェイ山頂駅と展望台は、御殿山第一砲台の上に建てられています。
今回、すべての遺構を回りきったわけではありません。 全てのポイントを回り、写真撮影などを含めると、丸一日はかかりそうです。
函館要塞散策マップ[www.city.hakodate.hokkaido.jp]
函館山ハイキングコースマップ[www.334.co.jp]
Canon EOS 5D Mark II
Canon EF24mm F1.4 L II USM
Canon EF35mm F1.4 L USM
Canon EF50mm F1.4 USM
探索日 2013_09_19
初出 2015_08_14